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2015.04.06MESSAGE

<代表メッセージ>2015年4月6日 2015年盛和塾世界大会選考会②

「器用にこなしていたサラリーマン時代」

 大学卒業後の就職先は三和銀行を選びました。いつか社長になれたら良いな、それならやっぱり銀行で金融と営業を学ぼう、といった感じです。関西に縁は無かったのですが、当時の三和銀行は体育会系の社風で、金融と同時に営業もしっかり学べるのではないかと思いました。最初に配属されたのが茨城県の土浦支店でした。そこで様々な流通業のお客様との出会いやお取引を通じ、「流通業にはチャンスがある、将来この領域で起業できれば」ということで、4年後に当時伸び盛りだったセブン-イレブン・ジャパンに転職しました。

 転職した1995年当時は確か店舗数が6000店舗を超えたころだったかと思います。今もご健在の鈴木敏文会長は当時更にお元気で、超トップダウンの軍隊のような組織だったように思います。しかし全てを将来の糧にしよう、と思うと何事にもやりがいを感じていました。銀行マンから、いきなりコンビニ店長というのも、最初は慣れませんでしたが、3カ月もするとすっかり店長らしくなり、その後のスーパーバイザー(店舗指導員)という仕事でも大きなやりがいを感じていました。「小売業は誠実でなければならない」「お客様に嘘やごまかしは通用しない」「お客さまの変化にどうついていくのか」「変化対応のスピードが大事」など。

 元々学生時代から勉強も、そして仕事においても要領を重視し器用にこなすタイプでした。勝てない戦は最初から挑まない。その代わり、これと決めたことには努力を惜しまない。さらにその努力においては、最も効率よく物事をやるにはどうしたら良いのか。そういう所謂そつなくこなすタイプでした。しかし器用に仕事をこなす大企業サラリーマンでは、全く起業には通用しない。これは起業後の5年に及ぶ赤字の期間に、本当に思い知らされました。トップには、雇われ人とは全く違うレベルの「信念」「覚悟」「志」が必要なのだと。大企業で多少仕事が出来るなんていうのは、トップの器には全く意味の無いことなのだと思い知りました。

 セブン-イレブン時代には、その後インターネットビジネスの立ち上げに加わらせて貰い、これも大変なやりがいでした。しかし大企業が立ち上げる新規ビジネスの弱さをここで知ります。企業内ベンチャーでしたが、全然上手くいかず、売上が伸びませんでした。今思うと、私を含めた全メンバーのサラリーマン根性的な仕事の仕方や、サラリーマントップの信念の無さが原因だったと思います。これでは本物のベンチャー企業には勝てません。当時、年齢的にはちょうど35歳になる頃でした。そもそも自分がセブン-イレブンに転職した理由は「起業のための学び」だったのではないかと今一度自分を奮い立たせ、2004年2月に独立起業することになりました。


「店舗店頭のマーケティング支援」

 セブン-イレブンにおいては、店舗店頭マネジメントというものを重要視し、また徹底していました。例えば何かのキャンペーンなどを実施するにあたって、セブン-イレブンの1万6千を超える店舗網では当たり前のように99.9%のお店で初日から実施されています。しかし他チェーンでは大手でも70%程度。多業態においては半分以下という徹底度になります。そこには大きな機会ロスが存在し、また流通側、メーカー側にとって多くの宝の山が埋もれているものだと感じていました。そのセブン-イレブンが当たり前に実施していることを、アウトソーシングでお手伝いすることが出来ないものかというのが、現在のビジネスモデルを発想した原点になります。そして色々と調べていくと、先ほど申し上げた「覆面調査」「ラウンダー」などの仕事が世の中に存在していることを知り、さらにその業務を受注しているのは、大手からの仕事であっても、売上10億円程度の中小企業が担っていることが分かりました。ここを私がセブン‐イレブンで学んだ流通業のノウハウと、ITを活用することにより画期的なアウトソーシングサービスを展開出来るのではないかと考えたのです。

 実は2004年の設立当初から、「どうせ起業するなら上場するような会社を創りたい」「やるからには、いずれこの会社を将来上場させたい」という思いで始めました。当時ライブドアなどが非常に元気なころで、ベンチャーブームということもあったと思います。また上場して有名になりたい、お金持ちになりたいという利己的な思いもあったように思います。設立初年度は売上670万、営業利益10万の黒字でした。黒字は私と役員の給与をゼロにしていたのですから当然です。全く仕事の見通しもなく立ち上げたビジネスだったので、資本金はあっという間に使い果たし、当時の国民金融公庫等々から早速2000万近い借入をして何とか回していました。しかし2期目もこのまま もたついていてはいけない。何とか新しい展開をするために外部資本も含めて検討しようと、様々な人脈や伝手を使い、事業会社やベンチャーキャピタルへ事業提携や資金提供のお願いをしていきました。

 「この事業が世の中には必要だ」という思いは強く、また私自身の経験値を活かしたビジネスであること、ITを活用したサービスであることもあって、将来的な株式上場を期待されて、第3者割当増資にて何とか4000万円の資金を調達しました。2期目2005年3月のことです。システム構築や人材確保、そして当面の赤字運転資金としての調達でした。また明確に将来上場を目指すという意思表示の意味もありました。

 出資してくれた1社は当時ベンチャーで活躍著しかった東証一部上場の人材派遣会社、さらに銀行時代の先輩でありタリーズコーヒー創業者で現在国会議員の松田公太さん、そして盛和塾の大先輩であるレッグスさんです。松田公太さんとは三和銀行時代に同じ土浦支店配属であり公私共々ずっと親しくしておりました。非常に身近な人物がベンチャーで大成功をしている姿をみて、私は憧れると共に焦り、そして自分でもやってみたいという欲求に繋がったものだと思います。

株式会社メディアフラッグ

代表取締役社長

福井 康夫

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